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父の入院(ザ・ノンフィクション)

 

真夏の813日、私は歯の定期検査で歯医者におりました。待合室は他に誰もいませんでした。看護師さんに問診票を手渡されて膝の上で書いていた時のことです。急にスマホが鳴って、出ると父でした。父は電話口で、

「急に立てなくなった‼」と叫んでいるのです。

「なに?どうしたの?私は今歯医者さんなの!」と言うと、

「お父さん、足が動かなくて全然立てないんだよ‼」、

「エ⁉」何が何だかわかりません。

「お父さん、私は今歯医者であと1時間ぐらいはかかるよ」そう言うと電話は切れました。

検査が終わってすぐに父の携帯に電話をかけました。すると父は、

「救急車を呼んだ」と言うのです。

私はビックリしてすぐに駅へ走ってタクシーに乗り込みました。実家は車で15~20分です。しかし道は少し混んでいて、気が焦ります。でも救急車は何だかんだと結構時間がかかるし、父はまだ家にいるだろうと考えていました。

実家に着くと、家は静まり返っています。私は家の周りを見回しました。すると裏道に人の気配がありました。救命救急士の影でした。ちょうど救急車が病院へ向けて発車するところだったのです。私はドアの傍にいた救命士に自分が娘であることを告げて車に乗り込み、横たわっている父のそばに座りました。父はキョロキョロしながら「足が立たないんだよ」と、繰り返しています。救命士は、

「東部病院が受け入れてくれるようです」と言って何かをメモしています。

父の意識ははっきりしていて、足が立たない原因が脳血管障害ではなさそうでした。

10分ほどで病院に着きました。父はすぐに救急処置室に入れられ、私はその外の廊下で待たされました。

廊下はきちんとした外出着の人々が結構な人数で歩いています。私は家の近くの歯医者へ普段着のまま出かけていたので、ほとんど部屋着に日焼け防止のシャツをひっかけただけの恰好です。コロナ感染対策のマスクをしているので、スッピンでもなんとかなりますが、あまり他人と接したくないところです。私は小さくなっています。それなのに父からはいつまでたっても何の連絡もありません。父を担当している医者や看護師からも何の連絡もないのです。結局私は3時間半待たされました。ようやく看護師から声をかけられ処置室に入ると、ベッドに寝かされた父の周りに3人の医者が立っていて何やらディスカッションをしているのです。

父はというと、真夏の急冷エアコンの真下でまるでスルメイカのようになっているではありませんか!84歳の老人が全身冷え切って、これだけでも病気になりそうです。私は近くにいた看護師さんに毛布を持って来てもらい、父に被せてゴシゴシ擦りました。手も足も全身が氷のようです。その私と父を見下ろしながら、一人の医者が「脊髄ですかね」とため息交じりに言い、もう一人が「いや、腹腔動脈の一部がねえ、詰まっているし」と問題提起し、三人目が「出血などの脳の所見は診られないが、高齢だからねえ」と腑に落ちなさそうな顔をしています。しばらくすると三人の医者はなぜか互いにうなずき合ってどこかへ消えていきました。

結局父の足が突然立てなくなった原因は分からなかったようです。父の腰椎は数年前から右へ曲がっていて、最初の医者はそれによる神経障害を疑ったのです。二人目の医者は父のMRIの画像が腹腔動脈の一部で完全に詰まっていることが原因と考えたようですが、父の体は詰まった動脈から新しいバイパス血管を自力で形成していたので、詰まりが足の原因とは考えにくいのです。三人目は脳血管障害を疑っていましたが、結局脳に異常は診られなかったということです。そこで治療方法は無しという結論にいたりました。

最初に私が父から「足が立たない」と聞いた時、その病名は『風痺不仁』(ふうひふにん)だと思い当たりました。これは『風に当たって痺れてしっかりしない』という病気です。主に足少陽という気の流れの異常です。

父は昨年の10月に帯状疱疹に罹りました。この帯状疱疹も足少陽の病気です。昔、胆結石もしました。足少陽は胆のうと肝臓がつかさどる気の流れです。最近皮膚病のかゆみもあります。かゆみも足少陽の病気です。このところ父は持病である足少陽がとても悪かったのです。この気の流れが氾濫していたのです。そこへ何かをきっかけに今回の『風痺不仁』が起こってしまったのでしょう。

この治療にはお灸が効きます。鍼治療で氾濫した気を減らし、お灸で痺れをとっていくのが最良の治療です。しかし病院でそのような治療をするはずがありません。残念ながら結局父はそのまま入院することになりました。治療方法はマッサージと薬物療法です。一日に12種類の薬を飲んでいたと後で分かりました。

父の入院から10日ほど過ぎたある日、私のスマホが鳴りました。父からの電話です。激しい鼻息です。

「お父さんは退院する‼」

「?、 どうしたの?」

「コロナが出たんだよ‼」

「えッ‼」

父の病室の前の部屋でコロナ患者が出たというのです。高齢の父は驚くほどおびえていて、今日退院すると言い張ります。しかしすでに時刻は夕方の6時です。

「お父さん、今日は無理でしょう。明日迎えに行くから」

「いやいや、今日だ、1階の部屋にベッドを用意してくれ。お父さん2階の寝室まで行けないから。ベッドが無いと帰れない。すぐベッドを買ってきてくれ!」

父は妙に興奮して「退院する」の一点張りです。私は途方に暮れて呆然と台所で立っていました。

 

続きは次回へ